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芸能人の英語

Radwimps野田洋次郎の英語力、インタビューで確認

野田洋次郎

今回はRadwimpsの野田洋次郎さんの英語力をインタビュー動画で調べてみたいと思います。Radwimpsといえば、そうですよねぇ〜「君の名は」です。

英語のアルバムを出されていたのは知ってますけど、なるほどぉ、やっぱり英語推しだったんですねぇ、これも有名なんでしょうけど、なんかすごい動画がありました。

Radwimps野田洋次郎さんの英語力をインタビュー動画で確認

 

それではさっそく野田洋次郎さんの英語を見たいと思います。この動画は2015年のヨーロッパツアーでロンドン公演を行った際にインタビューを受けたもののようです。

6分程度の動画なんですが、野田洋次郎さんの英語がきれいで聞き取りやすいし、まだ誰も訳してないようだったのでざっと訳してみたいと思います。

野田洋次郎さん「15歳のときにRadwimpsを始めました。特にクー(桑原彰さん)がRadwinpsにどっぷりで僕はプロとかになるなんて思ってませんでしたが、クーがめちゃくちゃハマってて高校までやめちゃってました。

僕らはRadwimpsには自信を持ってました。そしてバンドの試合(YOKOHAMA HIGHSCHOOL MUSIC FESTIVAL 2002)に参加しました。

高校生のトーナメント(試合)というか高校生バンドコンテストのような。横浜アリーナで開催されたんですけど、ものすごく大きなコンテストで決勝まで勝ち残って優勝したんです。

武田祐介ギター

高校3年生で18歳のときだったんですがバンドとしてすばらしい一歩でした。インディーズでアルバムを2枚出したあと、20歳のときに東芝EMIと契約しました。

今のところ僕たちの最高のステージは、たぶん僕にとっては昨日の夜のロンドンでのライブです。ほんとに僕らにとって素晴らしいライブでした。

最近では体験したことのないような熱気で、昨日のライブはバンド開始当初のような感じでしたね。

もちろんほとんどの観客は初めて僕らを見に来てくれた人たちでライブの雰囲気は空気が違ってました。みんなで一体になれるような、ほんとに素晴らしいものでした。」

 

武田祐介武田祐介

 

武田祐介さん「ようやくワンマンで横浜アリーナでできるっていう、その日はとても。」

野田洋次郎さん「武田と僕ら(野田洋次郎さんと桑原彰さん)」そしてさっき話した高校生バンドコンテストに違うバンドで出場してたんです。

そして横浜アリーナで会って、その後同じバンドになって、その後、4年とか5年で横浜アリーナでワンマンショーをやれるようになりました。

で、武田が話したように横浜アリーナでのライブは一番ワクワクした瞬間でした。

桑原彰さん「ベストショー?あー、去年(2014年)の大阪城ホールでたまにしか起きない現象が起きて、」

野田洋次郎さん(桑原彰さんのコメント英語に通訳して)「昨年の大阪城ホールで、大阪にあるとっても大きな会場なんですけど、このツアーをやったんです。

桑原が言ったのはそんなにたくさん起きることじゃないけど、めちゃくちゃハイになったときアドレナリンが出て、すべてがスローモーションのように見えたと。」

ラッド2

桑原さん「えっと、とっても興奮する感じ。」

野田洋次郎さん「僕のお気に入りのバンドはレディオヘッドで」

武田祐介さん「僕のお気に入りのバンドはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ」

桑原彰さん「僕はえーっと、Mr.Big」

武田祐介さん「お気入りのベース奏者はマックス・ミラーです。」

桑原彰さん「お気に入りのギター奏者はボール・ギルバートです。」

 

桑原彰桑原彰

 

野田洋次郎さん「お気に入りの作曲者はトム・ヨークです。曲を書くときはいろんなことします。小さなスタジをでセッションをやったり、アイデアを持ち寄ったり、それから僕がコンピュータのプロ用のツールででデモを作ってみて、二人に聞かせて、それを二人がブラッシュアップして編曲し直してデータをお繰り返してくれて、それの繰り返し」

桑原彰さん「考えたときにちょっと洋次郎が手を加えることによって、すごい良くなって」

野田洋次郎さん「桑原がアレンジとか演奏をして僕が少し変えて演奏することによって、すごくRadwimpsらしくなるというか、Radwimpsのものになっていくんです。」

Rad

野田洋次郎さん「”おしゃかしゃま”みたいな曲は典型的な長い時間かけてできた曲です。最初の演奏から、僕はとっても集中して演奏していました。

その演奏は左利きの演奏で、僕は左利きなのでうまく手を動かすことができました。

左手をです。右手よりも。で、二人もこの演奏って素晴らしいって。将来的にはぜひ英語のアルバムを作りたいと思っています。

約束はできませんが、僕たちはこのヨーロッパツアーを通じて英語がどれだけ大きくどれだけ重要かと理解しています。英語のアルバムを制作するのはものすごく楽しみです。」

ラッド3

桑原彰さん「やっぱりこう、ギターを始めるにあたってギブソンのレスポール」

野田洋次郎さん「中学の時、14歳とか15歳の時には、ほとんどの子供たちにとってギブソンのギターは一番の理想のギターで一番最初のギターは桑原のお父さんが桑原に買ってあげたものでした。で、それってギブソンのレスポールJr.でした。僕も覚えてますけど、赤いギターだったよね。」

桑原彰さん「そうですね。ー 中略 ー で、毎回ほとんど使ってたから・・・。」

野田洋次郎さん「そして一番大きな課題は僕らはまだインディーズだったから銀行から一部お金を借りて、なんだったっけ?ビンテージものの?1968年?1968年製のギターを買ったんです。

その後は桑原はギターの音を愛してすべてのレコーディングやライブにレスポールJr.を使ってました。」

野田洋次郎さんの勉強法

 

いやぁ〜、野田洋次郎さんの英語、かっこいいですねぇ〜。まさにアメリカンアクセント。どんなことしたらこんなことになるんだろうかって思っちゃいますけど。

野田洋次郎さんはお父さんの仕事の関係で幼稚園卒園直前にテネシー州ナッシュビルに引っ越しています。たぶん年末に引っ越したみたいなんですが、1月赴任って珍しいのような。

野田洋次郎机

アメリカの学校は日本よりも半年早いのでアメリカに行くとすぐに小学生ってことになりますね。そしてテネシー州で2年間過ごしたあとカリフォルニア州はロサンゼルスに引っ越します。

うーん、ナッシュビルからロサンゼルスってお父さん自動車関係かな?それはいいとして野田洋次郎さんは10歳までアメリカで過ごして日本に帰国します。

帰国子女だとやっぱり中学受験ということになって中高一貫の桐蔭学園中学校に進学、桐蔭学園高等学校に進んで高校2年の時にYOKOHAMA HIGHSCHOOL MUSIC FESTIVAL 2002に参加と。

高校3年生の8月からは受験勉強のためにRadwimpsの活動を休止します。そして慶應義塾大学環境情報学部に進学します。頭いいんですねぇ。

勉強法については帰国子女で4歳〜5歳でアメリカに渡って10歳までいたわけなのでこれは英語から逃げられない状況だったんでしょうね。子供ながらにつらかったんだろうと思います。

野田洋次郎座り

ただし英語については高校の頃にものすごく勉強をしたことのほうが効いているらしいです。その頃にはRadwimpsのこともあって海外進出を考えていたんでしょうね。

子供の頃に刷り込まれた英語の語順に中学・高校の語彙や文法がプラスされてあのかっこいい英語になってるってわけですか。なるほどぉ。

まとめ

 

今回はRadwimpsの野田洋次郎さんの英語について調べてみました。インタビューの中で将来英語のアルバムを作りたいって語ってましたが2017年の「君の名は」の英語バージョンがその第一歩ですかね。

またこれワールドワイドツアーなんてやったら盛り上がるんでしょうねぇ、日本発、音楽性で勝負、ど真ん中、骨太のロックバンドがグラミー賞なんか取ってくれたら盛り上がるんですけどね。がんばってほしいです。

それではこの辺で、また話すための英語の情報や海外セレブの情報、有名人、著名人の英語力、勉強法など面白い情報があればお伝えしますね。それでは〜!ではでは。

 

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